テーマ:東日本巨大地震の時の私

地震被災考

東日本大震災にあって思ったこと。 とにかく家さえ残っていれば、家の中にはあれこれあるものだと言うこと。 まあ、それも結婚後30年も経っているからかも知れないけれど。(笑) まず、水を確保できたことは大きかった。 それから温水器の中にたっぷりとお湯が残っていたことも。 乾電池は、いつもそれなりの買い置きがある…
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取り敢えず被災地からの6

今日は、私の誕生日です。 東日本大震災は三男の誕生日の翌日に起こり、その後の生活で二男の誕生日を過ぎ、私の誕生日に至りました。 今日、やっとサッシ屋さんが来てくれまして、夫の開かずの書斎を開けてくれました。 昨日からの雨や雪が心配でしたが、今日も寒い日ではありますが雨は止み、サッシ屋さんは予定通りに来てくれたのです。 …
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取り敢えず被災地からの5

3月11日から、とにかく必死で生きて来た気がします。 今もまだ、全てが日常に戻った訳ではありませんが、あの一時期の必死さとは違います。 物流は、まずまずです。 この辺りは治安もよく、いろいろな点で恵まれています。 だからこそ、自分よりもずっと大変なめに遭っている方々のことを思うと、恵まれた環境にいることがとても申…
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取り敢えず被災地からの4

地震の直後は、余震に怯えながらずっとラジオと付けっぱなしにしていました。 眠っている間も、何かあったら・・・と消すことがほとんど出来ませんでした。 そして、家族の無事を感謝し、水が出ることを感謝し、怪我が無かったことを感謝し、運がよかったことを感謝し、感謝の気持ちとして普段考えている以上の義援金を出そうと考えていました。 …
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取り敢えず被災地からの3

兎にも角にも私たちの家族は運がよかったとしか言いようがありません。 この家に住めたのは、病没した父のお陰。 もしも父が今も生きていたら(それはそれで嬉しいのですが)、この家を建てることも無く、私たち家族の家も、私の両親の家も、普通の寒い家で、普通にガス、水道、電気、灯油を使用する家だったのですから。 そして、去年の4月…
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取り敢えず被災地からの2

地震の揺れがおさまると、横断歩道をやってきた見知らぬ男性と会話しましたが、相手が何を言ったか、こちらが何を聞いたか、ほとんど記憶に留めておりません。 ただただ揺れたと言うこと。 郵便局の中からも人がワラワラと出て参りまして、局員の女性が辺りの人や私たちに「大丈夫ですか?」と声を掛けておりました。 その後、「食料を買って…
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取り敢えず被災地からの1

この度の巨大地震の被災地S市に住んでいます。 当日のその時刻に、私は三男とワンコと共に郵便局の本局前に居ました。 この4月1日に入社式に臨む三男の用事を、3月中にあれこれ済ませておこうとしていたところでした。 ところが、郵便局へ到着し、持ってくるはずのものを三男が忘れ、「しょうがないわね、ちゃんと言ったのに。それがなく…
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