どうやって文字に、言葉に、表したらいいのか・・・

とても、とても複雑な気持ちです。

母のことですが・・・。

どんなに考えても、割り切れません。

だからと言って、結局のところ結論は出ているのです。

私には母を引き取って世話をするだけの体力も気力もないと。

やってみなければわからない、と思われるかもしれません。

介護保険を使ったり、公的な支援を受けたり、出来ることは多いと指摘される方がいるかもしれません。

専業主婦なんだから、時間は取れるでしょ、と思われる方もいるかもしれません。

でも、長い間病気の母との付き合いで、私の精神は磨り減ってしまいました。

病院へ面会にもいけない状態で、介護なんてできません。

相談員さんから電話を受けるだけで、今では吐き気を感じ、震えてしまうのです。

夫は、私の代わりに一ヶ月に一度面会に行ってくれています。

私も病院の駐車場までは行けるのですが、面会は不可能に近いのです。

今月の面会の時に、母が私への手紙を夫に託しました。

宛名は、私の旧姓になっていました。

それだけで、ショックを受けました。

内容も、ハッキリしているところと、何だか訳の分からないところと・・・。

でも、一所懸命に書いたんだろうなあ・・・と思うと涙が出てきます。

母は私が面会に来ないのは、自分が私を怒らせたからだと思っています。

私がもう精神的に一杯一杯で壊れてしまったとは思っていません。

そして、自分で身の回りのことは出来るから、迎えに来てくれと言うのです。

相談員さんは、「勿論自分で身の回りのことが出来ているわけではありません」と夫に言ったそうです。

自分の母ですもの、可哀相でなりません。

それでも、私は母の面倒が見られないし、何故そうなのかを話しても母には理解できないのです。

母も苦しんでいますが、私も日々苦しんでいます。

そして、多分、母は自分が苦しいのは分かっても、私が苦しんでいるのは分かりません。

夫が面会に行ったとき、母の二つ隣の部屋で入院しているお年寄りと面会に来た家族が怒鳴りあいをしていたそうです。

「どこでも同じだよ」と夫は言います。

誰でも親をないがしろにしたい筈がありません。

でも、一人の親のために、家庭が壊れてしまったとしたら・・・。

私は母を可哀相に思うと同時に、もしも母が病気になる前の母だったら、きっと「自分のことはいいから、家庭を大事にしなさい」と言ってくれたに違いないと、自分に言い聞かせながら涙するしかありません。

認知症は、なんて残酷な病気なのでしょう。

人格も、記憶も、忍耐も、その人の持ち合わせていた美徳を全て、最初からなかったかのように破壊してしまうのです。

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この記事へのコメント

923
2012年05月14日 23:36
こんばんは
家内の母は家内のことも当然私のことも誰だか分からなくなり・・
私の父は63歳で発病し昼と夜が逆転して、付き添いの方を頼んでも
一週間も持たず、仕方なく母が見ていましたが・・
平凡な家庭生活とほど遠い生活になりました。
病院へなんとかお願いして預かって貰いましたが
それでも毎日通う大変な日々でした。
思い出しても悲しい日々です。
高齢化社会になり、皆さん同じような苦労を背負う時代になりました。
色んな思いがあられるでしょうが・・まずご自身が健康であることが
一番大切かと思っています。
勝手な話になったかもしれません・・すみません。
2012年05月16日 18:18
コメントをありがとうございます。

このブログは、元々母の病の記録をする場所だったはずなのですが、最近は書き込みも間遠くなり、内容も別のことばかり多くなりました。
それと言うのも、私が母の病気により参ってしまったからです。

自分の感情の捌け口として、最初は怒りや寛容などを書き込んでいました。
そして、一時は母の病気による精神的な辛さを乗り越えられると思っていた時期もありました。

でも、長期化に継ぐ長期化で、もう何が何やら分からなくなってしまいました。

悪いのは病気だと分かっていても、母を憎んでしまいます。
かと思えば、自分の思い通りに生きられない母を可哀相に思います。
自分が認知症になったら・・・なる可能性が大きいと思う恐怖。
自分にも確実に近づいて来た老後。

特に東日本大震災後は、何かに付け閉塞感と死への恐怖を感じています。
人生観が変質してしまったのかもしれません。
この年で心に傷を持つとは思いもしませんでした。

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